
1-2. 東京ロケット
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ローズティーの買い置きがなくなった。
朝からそのままになっている2つのマグカップを横目にビンの蓋を閉めて、
ボーっとテレビを見ている彼の後姿に声をかけた。
「買い物行くけど、なんかある?」
「あー……うん…」
言いたいことさえはっきり言えなくて、いつも曖昧に笑って誤魔化す彼に、
私はつい「なんでちゃんと話してくれないの?」と責めてしまう。
自分の欲しいものぐらいちゃんと言ってほしい。
とはいえ、別に口下手なのが悪いわけじゃない。
昨日も私の勝手な誤解で彼を責めて、初めて大きな喧嘩をしてしまったばかりだ。
「…ごめん、さっきはちょっと言い過ぎた」という言葉が耳から離れない。
そんなセリフが聞きたかったわけじゃない。
バイト先の人と飲んでたことも、浮気なんかしてないことも分かってる。
だけど、あの夜は自分でもよく分からない不安に駆られて、ハッキリ言葉で聞きたかった。
「君が好きだ」とか「君だけを愛してる」なんて彼が言うはずもないのは、
分りきっているはずなのに。
ただ、言葉にしてほしい。
それだけだった。
あのセリフを思い出すたびに胸の奥がチクッと痛んで、彼に謝りたくなる。
私の勝手な我儘が、感情が、情けない。
彼の後姿を見つめながら、なんとなく自分が惨めな気持ちになった。
私は、彼の言葉を待った。
「……僕も一緒に行く」
「え?」
いつもみたいに「タバコ」とか「コーラ」とか言われるのだと思っていたからビックリした。
「あ、うん…」
私はそこらへんに置いてあったトートバッグに財布と携帯を入れてスニーカーを履いた。
彼はすでにドアの外で待っている。
昨日の雨で濡れた道路はほとんど乾いて、道の端に少し水たまりができていた。
彼は無言で私の少し前をどんどん歩いて行く。
気まずい。
なんか話さないと変だ。
昨日はゴメンとか、謝るなら今だ。
なんて切り出そう。
そんなことを考えているうちに、いつもローズティーを買うお店を通り過ぎた。
「…あれ?どこに行くの?」
「うん、ちょっと、遠出しようかと思って」
「今から?」
「…うん」
私はちょっとムッとしながら、だけど昨日のこともあったし、
何も言わず、彼の後を黙ってついて行くだけだった。
遠出するなら、パンプス履くとか、可愛いバッグにするとかしたかったのに。
化粧もうっすらしてるぐらいだし。
どこに行くかぐらい、出かける前に言ってほしかった。
駅の改札を通った時に、やっぱりもうちょっとマシな格好で出てくれば良かったと思った。
ホームで電車を待ちながら、彼の横顔をチラッと見てみたけど、
私は彼が何を考えているのか、よく分からなかった。
電車の窓から外を見ると、もうネオンが回ってる。
遠くに見えていた東京タワーがどんどん近づいてくる。
東京まで来て、パーカーにスニーカーの自分。
窓に映る自分の姿を見て、小さく溜息をついた。
降りたのは、浜松町駅。
家を出てから、ほとんど喋ってない。
無言で歩く私たちは、ちゃんと恋人同士に見えているのだろうか。
そんなことを考えながら、彼の少し後ろを歩いた。
「ちょっと飲んでからにしよう」
「へ?」
「うん…まぁ、とりあえず、飲みたい」
「…あぁ…うん。」
適当に見つけたダイニングのテラスに二人並んで、
東京の街を忙しそうに行き交う人たちを眺めながらワインを飲んだ。
仕事帰りのサラリーマン、腕を組んで歩く恋人たち、大きな声で話す若者、
観光している外国人。
美味しい料理に、つい飲みすぎてしまうワインが二人の口を滑らかにして、
いつの間にか笑いあっていた。
「これ吸ったら出よう」と言うと、笑いながら彼は煙草に火をつけた。
街の喧騒を離れて、公園を通り過ぎるころ、彼は私の手をとった。
普段は「恥ずかしい」といって、手を繋いでくれない。
酔っぱらってご機嫌なとき限定の、彼の癖。
なんだか特別な癖が嬉しくて、繋いだ手につい力を込めると、彼も答えてくれた。
心臓の音が手から伝わってたら恥ずかしいと思いつつ、つい口元が綻んだ。
ハイテンションなまま辿り着いたのは、大きな東京タワー。
足元から見上げる東京タワーは初めてだった。
「綺麗ね!」
「こんな間近で東京タワー見るなんて、もしかしたら初めてかも!」
まるで夜空に突き刺さっているみたいな東京タワーの迫力に、周りの目も気にせずに二人ではしゃいだ。
昨日の夜が長すぎて、しばらく笑ってなかったような気さえする。
「東京タワーって下から見るとロケットっぽいな…」
そういう彼の瞳はキラキラしていた。
「東京ロケット!」
「ありえねー!」
息切れするぐらい二人ではしゃいで笑った。
さんざんはしゃいで、ちょっと疲れてきたころ、何となく目が合って、ふいに彼の手が離れた。
彼の方を見ると、そっと抱き寄せられた。
口下手で、照れ屋で、外で手をつなぐことすらしてくれない彼の行動に、
一瞬息が止まった。
「ごめん」
彼の声が上から降ってくるみたいに聞こえてくる。
ワインを飲んではしゃいだせいか、ドキドキしているのか分からないけど、目が回ってクラクラしている。
「君が出て行った時、この先のことが考えられなくなった」
彼が小さな声で話し始めた。
私は、彼の胸の中で、どんどん呼吸が浅くなってくる。
「なんていうか、君のいない未来なんて考えられなかった」
喉の奥に何かが詰まって、声が奪われてしまったみたいに、声が出なかった。
何か、何か言わなきゃ。
ありがとう、ごめん、それから、好きですって、愛してるって、言えない彼の変わりに言いたい。
なのに、喉の奥が熱くて、胸の中で苦しくて、言葉が出てこない。
「これからも、一緒にいてほしいんだ」
私の口から全く出てこない言葉の代わりに出てきたのは涙だった。
タバコと彼の匂いがするシャツに、私の涙が滲みこんでいく。
「うん」
喉の奥から絞り出した一言。
周りの人が見ているのも気にならなかった。
彼の顔を見上げると、彼は私から手を離して、照れくさそうに目をそらした。
「あ…ローズティー!」
「明日、一緒に買いに行けばいいよ」
そう言って、彼はポケットからタバコを出して1本口にくわえた。
「タバコ、逆だよ」
照れた時の、彼の癖。
━★━ この小説はタイトルと同名の曲を元にして作られたものです
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