1-1. 君の瞳はレインボー
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朝、目が覚めると、彼女は横でまだ寝息をたてている。
もう少しベッドの中でまどろんでいようと、彼女の肩を抱き寄せて再び眠りについた午前8時。
次に目が覚めた時、僕はベッドに一人だった。
枕もとにある携帯の時計は午前10時を回ったところ。
「おはよう」
いつの間にか起きていた彼女は、きちんと着替えており、いつの間にか薄化粧もしている。
僕はボサボサの頭を掻きながらヨロヨロとソファに座った。
ボーっとした頭でテレビを付ける。
まだ寝ぼけている僕の後ろから、「はい」と言ってマグカップを差し出した。
「…ん……」とマグカップを受け取って一口飲むと、香りの強い、ハーブのような香りが漂う。
コーヒーだと思って口にしたものと違うものが喉を通る。
「何、これ?」と思わず顔をしかめてしまった。
「ん?ローズティー。昨日、友達と横浜の中華街行ったとき買ってきたの。美味しくなかった?」
「いや…コーヒーだと思ったから……。うん、でも、美味しいよ」
「そう、良かった」
彼女は笑うと、テーブルの向いの、フローリングの床にペタッと座った。
「床じゃなくてソファに座ればいいのに」と、僕の右側をポンっと叩いた。
「横にいたら、寝ぼけた顔が見れないじゃない」
なんだか妙に恥ずかしくなった僕は、「なんだよそれ」と照れ笑いを浮かべながら煙草に火をつけた。
「タバコ、逆だよ」と、彼女が笑った。
それが、彼女と過ごした初めての朝だった。
そしてその日から、毎朝のコーヒーがローズティーに変わった。
彼女は素直な気持ちを僕に伝えてくれる。
ちょっと照れ臭くなるようなことも、普通なら言いにくいことさえも。
テレビのニュースを見ては怒り、漫画を見ては涙し、友達の悩みも一緒に悩み、
僕に起こった出来事も自分のことのように喜んでくれる。
色んな感情で七色に輝く彼女の瞳を見ていると、なんだかとても愛おしくなる。
だけど、僕はあんまり素直になれない。
どう言ったら、なんて言ったらいいか分からなくて、いつも曖昧に笑って誤魔化してしまう。
そんな時、彼女はいつも「なんでちゃんと話してくれないの?」と怒る。
言い訳も下手だし、変な言い回しをしては誤解されて喧嘩になる。
でも、眠って起きたら、いつも彼女の機嫌は元通りだった。
朝起きて「おはよう」と言いながら僕にローズティーを淹れてくれる。
それがいつも、仲直りの合図だった。
僕は一度だけ、彼女に聞いたことがある。
「もう怒ってないの?」
彼女はポットのお湯をマグカップに注ぎながら答えた。
「だって、朝から怒った顔なんて嫌でしょう?」
雨の降るある夜。
バイト先の先輩と飲み行った帰り。
部屋に帰ると、彼女は静まり返った部屋で一人ワインを飲んでいた。
まだ少し酔っぱらっていた僕は「ちょっとちょうだい」と言って彼女のグラスに手を伸ばし、一口飲んだ。
「…遅かったね。どこに行ってたの?」
「バイト先の飲み会だよ。」
彼女は僕の方を見ないまま台所からグラスをもう1つ出してきた。
『だったら、遅くなるって電話くれればいいのに』
遅くなった夜はいつもこんな調子で喧嘩が始まる。
だけどこの夜は違った。
彼女は持ってきたグラスにワインを注いで一口飲むと、グラスの縁を指でなぞりながら呟いた。
「…嘘」
「え?」
僕が浮気をしていると言い出した。
浮気を疑われたのは、この時が初めてで、正直焦った。
「バイト先の先輩がさ、それが、まぁ女性なんだけど、相談したいことがあるっていうから、だから仕事帰りにちょっと飲みに行っただけだよ」
「嘘」
しどろもどろな僕を、彼女は矢継ぎ早に責め立てた。
「何もしてないよ、考えすぎだって」
「じゃあ、どうしたら信じられるっていうの?」
証明するものなんて何もなかった。
ただ何もなかったことだけが事実で、彼女を悲しませるようなことはしていないと自信を持って言えるのに、
こんな時でさえ僕はそんなセリフを言うのは照れくさくて、なんて言ったらいいか分からなくて言葉が止まってしまった。
「…何も言ってくれないんだ」
そう言うと、彼女はグラスの中のワインを一気に飲み干した。
僕はそれを見ながら、どうしたらいいか、なんて言ったらいいのか全く分からずにいた。
彼女は空になったグラスを、じっと見つめている。
それは、泣くまいと一生懸命に涙をこらえているようにも見えた。
だけど僕は、彼女に浮気を疑われたことに苛立っていた。
「君が僕のことを信じられないっていうなら、それが答えなんじゃねぇの?っていうか、面倒くせぇこと言うなよ」
僕がやっと口にした言葉は、心にもないヤケクソの言葉だった。
しかも変な言い回し。
彼女の真っ黒な瞳に、みるみる涙が溢れてくる。
それを見てハッとした。
彼女はそのまま部屋を飛び出し、まだ少し雨の降る夜の闇へ消えていった。
僕は後を追えなかった。
何も考えられなくなって、ソファに座りこんだ。
彼女のことだけが好きで、今の二人でいられる日常を失いたくない。
ただそれだけだったのに。
いつもは虹のように明るい彼女の瞳が、暗い影を落としていた。
瞳いっぱいに涙をためた恋人の顔が目に焼き付いて離れない。
今、僕は部屋のソファに一人で座っている。
この後、どうしたらいいのか分からなかった。
2つのグラスを見ながら、ドラマだったらこの先どういう展開になるんだっけ、あの歌はどんな結末だったっけなんて考えたりした。
ただこの先、彼女のいない部屋で一人過ごすことなんて、もっと考えられなかった。
ふと玄関を見やると、彼女の傘は置き去りにされたままだった。
「くそっ」
頭をかきむしりながら、彼女を探しに部屋を出た。
いつも歩く商店街。
駅前を通り過ぎて、彼女が行きそうなところを線路沿いに探した。
もうどれぐらい歩いたか分からない。
しばらくして歩き疲れたころ、散歩でいつも立ち寄る海の見える公園のベンチに座った。
煙草に火をつけようと、ポケットの中のライターを取り出そうとしたとき、2つ隣のベンチに彼女が座っているのが見えた。
濡れた長い髪の先から滴が落ちて、それが涙のようにも見える。
僕はそっと隣に座ったけど、彼女は顔を上げてはくれなかった。
煙草に火をつけて、傘に彼女をいれた。
「風邪…ひくぞ」
「……」
「…ごめん、さっきはちょっと言い過ぎた」
僕はこの時はじめて彼女に対して素直な言葉を口にした気がする。
彼女は少し笑って、また俯いた。
「本当に何もないから」
「…私も、信じられなくてごめん」
しばらく海を見ながら座っていたら、いつの間にか雨は止んで、空が少し明るくなってきた。
さっきまではただの闇でしかなかったのに、今はうっすら太陽が見えて半分だけ星が輝く綺麗な空が見えていた。
「寒くなってきたし、帰ってローズティー飲もうか」
「うん……」
帰ってシャワーを浴びて着替え終わると、彼女は僕に笑顔でマグカップを差し出した。
温かいローズティー。
少し驚いた顔をしている僕に、彼女は言った。
「だって、朝から怒った顔なんて嫌でしょう?」と笑いながら。
━★━ この小説はタイトルと同名の曲を元にして作られたものです
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